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「感謝を力に」 ほっしゃん組、3年間のノーサイド

2009/10/26

 前半27分、スコアは「0-0」。グランドを見つめるすべての観客や桐蔭ベンチは、この柏陽フェニックスが貫徹するゲームメイクに対して、何を思っていたか。キックオフ直後からあまりに極端な戦術を100%の信念を持って貫いた。極端さゆえ、一般客にとっては賛否両論かもしれない。この日、柏陽フェニックスは確かに勝ちにいった。

 ほっしゃん組が花園予選に向けて立てた目標は「シードを破りベスト8入り」。といっても、それがクジ運に左右される目標であっては、あまりに虚しすぎる。「ベスト8入りを目指す」とはつまり、相手が8番手のチームだろうがNO1の桐蔭だろうが倒しにいくということだ。相手は現・関東チャンピオン。いまや他県からもラグビーエリートが集う全国屈指の強豪校だ。柏陽の選手たちの個性と能力でそんな桐蔭に挑む。普通に戦った場合の予想スコアは、おそらく「120対0」ほどの力差を認めなければならない。おのずと戦術は究極レベルまで絞られた。

 暴露すると、「60分間マイボールキープ」「モール勝負」「極度のシャローDF」「シークレンスでオギが勝負」。これだけ。これ以外は1ミリも厳禁。夏合宿からこの極端な戦術に計画的に取り組み、イメージと成果は十分に得られた。追浜戦は相手を分析して「より効率的に勝つため」に、キックや展開などプランの幅をかなり広げたが、この桐蔭戦ではまさに「芯」だけで勝負した。さらには(幸運の)雨によるグランドコンディションを考慮し、準備していた「シークレンス」さえも潔く切り捨てた。

 「なんだあのラグビー」と言いたくなる観客もいるかもしれない。しかし我々はプロではない。ファンや観客を楽しませるためにラグビーをやっている訳ではない。目的はただひとつ。この仲間たちと桐蔭に勝利すること。その道筋を信じ、強固な意志で貫徹することだけだ。最高の試合前練習、最高のウォームアップ。雄叫びと覚悟は尋常ではない。ケイ組が達することのできなかった世界まで、確実に足を踏み入れていた。とどめはコイントスが終わりキックオフ直前に不意に目にした光景。アゲアゲ魂を柏陽に授けた兄弟分・学習院高等部の選手たちがタッチライン沿いで横断幕を持って熱い視線を送ってくれているではないか。昂ぶる感情はピークに達した。

 キックオフ。桐蔭学園が放ったドロップキックを柏陽が手にしてからレフリーが一度の笛も吹くことなく、6分間のオンプレーが続いた(マイボールキープ時間は長くとも30秒から1分が一般的)。それは単に時間を食いつぶしただけだったかというと、全くそうではない。自陣22m付近で始まった攻撃は、6分間かけて敵陣10mラインを超えていた。オンプレーが長すぎて気付かれにくいが、実は数回に分けて40m近くモールで前進していたのだ。

 その後も桐蔭学園の迸る才能たちがアタックを試みるが、柏陽の超ドシャローDFが突き刺さる。桐蔭学園の1番、14番と言ったスター選手がボールを手に進むと柏陽の選手はピンポン球のように次々と弾き飛ばされるが、それでも膝に突き刺さる矢はおさまらない。攻める桐蔭、突き刺さる柏陽。最後は桐蔭のノックオン。そのたびに、まるで花園出場を決めたかのうように全員で喜びを爆発させる気持ち悪い集団。そうやって得たボールは毎度のように5分近く、FWでキープと前進を続ける。

 スコアは「0-0」という高校ラグビー界にとって異常事態で試合は前半25分を回った。しかし27分、犯してはならないミスでトライを奪われ、前半は「0-7」で折り返すことになった。それでも0本1本の折り返しは、実は追浜戦と同じ。ゲームを完全に支配することで、桐蔭が桐蔭であることを消し去ることができた。この我慢を続け、苛立つ相手が犯したペナルティーからモールトライを2本。そんな綱を渡りきることができるか。

 後半開始前、桐蔭ベンチの指示は「もういい。今日はモールだけでいけ。」ゲームをコントロールするSHからは「(ハイパンで下げたときの)ブレイクダウンが軽いから、一気に捲れるぞ」の声。展開することを一切捨て去り、キックとモール一辺倒になった桐蔭に、柏陽の強固だった牙城が一つずつ崩れ、スコアが動き始める。

 「もしも22点リードされたらプランBへ」「リードされてラスト5分はプランCへ」と、リスクを犯さざるを得ない状況で少しずつリスクを犯し、するとやはりとんでもない威力でラックを捲られペナルティー。タッチからラインアウトモールを組まれ、インゴールを次々に明け渡す。憎たらしいほどコンバージョンキックも決まる。「ピッピッピー!」ノーサイドの笛の音が雨上がりの空に鳴り響き、ほっしゃん組の高校ラグビーは終わった。最終スコアは「0-33」 トライ数で「0-5」。

「よく頑張った!だってあの桐蔭と勝ち負けを争う勝負をやってのけたんだぞ!」と胸を張らせようと思っていた。しかし試合後、ほっしゃんは「よくやったとは思いたくない。やっぱり悔しい。勝ちたかった。本当に悔しいよ。」と、声にならない声を絞り出し、偽りなく悔し涙を流した。関東チャンピオンに勝負を挑み、相手を本気で当惑させ、接戦に持ち込み、最後は破れたがそれを全く満足としない。このラインまで、1年かけてほっしゃん組は駆け上った。

 チームが発足して、本当に勝てなかった。ケイ組のタレントたちがごっそり抜け、それが妥当な戦力でもあった。新人戦では関東学院に「0-58」で大敗し、春の大会は桐蔭中等に破れた。市大会でも修悠館に破れ、練習試合では鎌倉学園に破れた。

 しかし敗戦が続く中で、あるときに何かが吹っ切れた。「ベスト9~16を倒す実力をつける」という曖昧で弱気な発足当初の目標をゴミ箱に捨て去り、「相手が桐蔭でも勝ちにいく」と覚悟を決めた。ターゲットと戦術を絞り、腹を括ると夏以降に急激に強くなった。一丸となって逆境を乗り越えた夏合宿。その経験と培った力は、秋に見事に発揮された。ケイたちですら「0本-2本」で敗れた横須賀にだって、「1本-2本」と肉薄した。インフルエンザで次々に倒れ、残された15名(うち2名骨折中、5名体調不良)の戦力で初戦を勝ちあがった。緊張と逆境に打ち勝った追浜戦は、柏陽フェニックスにとってある意味歴史的な一戦となった。そしてこの日、3年間の想いと一人ひとりの根源にある何もかもを出し切った。誇りと意地がにじみ出る立派な生き様を表現した。

我らがキャプテン 闘将・ほっしゃん

「引退を懸けた桐蔭戦。神奈川王者相手だがPHOENIXは誰ひとりとして負ける気は無く、本気で勝ちにいった。徹底したボールキープドシャローのDFで相手にチャンスを与えず、いいプレーがあるたび狂ったように盛り上がった。前半終了間際桐蔭がトライし、0‐7とリードされたがハーフタイムでは落ち込むどころか笑みがこぼれる。後半は桐蔭がこっちのDFの穴を突きトライを奪い出した。最終スコアは0‐33。「桐蔭相手によくやった」と思う人もいるかもしれないが柏陽PHOENIXは本気で勝ちにいった。悔しい、0点抑えられ結果は敗北。悔しい。だけど本気で勝負したからこそサイコーに楽しかった。試合中あんなに盛り上がり笑ったのは初めてだった。多分柏陽PHOENIXでなければこの気持ちは味わえないだろう。皆とプレーできて本当によかった。ありがとう。」

副将・イマカズ

「こんなに楽しい試合は今までなかった。ATでボールはほとんど触らなかったけどFWを信じ、タックルに集中した。無我夢中でほとんど覚えていないがこの3年間で一番いいタックルが何本も入れたことは確かだ。チーム全体でも一人一人が責任を持って文字どおりひざ下に刺さり続け相手のハンドリングエラーでTO。そして異様なまでの盛り上がり。最高の雰囲気だった。学習院高校の「アゲアゲ」の文字が見えたときは涙が出そうになりました。本当にたくさんのひとに支えられてやってこれたんだなと感謝の気持ちでいっぱいです。そしてその支えがあったからこそ、この試合のテーマだった「感謝を力に」が体現できたんだと思います。負けた相手が関東チャンピオンの桐蔭でも、もう柏陽フェニックスでラグビーができなくなるなんてやっぱり悔しい。でもこの悔しさを感じられたことに誇りを持っている。この試合は間違いなく今までの人生のなかで最高の経験です!」

まりも

「試合まで今までになく緊張しワクワクしていた。前半は自分達のラグビーを一人一人が理解し責任もってプレーできたのもありボールを柏陽がキープできる時間が長く本当に楽しくあっという間だった。1トライとられたものの「勝てる」本当にそう思った。でも後半は桐蔭のペースだった裏に蹴られボールキープしたくてもあっという間にとられた。前半でゲームの組み立ては見えた!と勘違いしてた「これはヤバイ」と思ったでも抜け出す術がわからなかった。甘かった。考えが浅かった。そうしているうちノーサイド。負けた。終わってみると自分のミスが見えてきた。悔しかった。本当に三年生にはお世話になったしその分も悔しかった。でも今までで一番楽しくラグビーできたこのチームでこの三年生とやれて良かった。でもやっぱりほんとに本当に悔しかった。」

ミット

「試合の前日、本当は凄く怖かった。自分達の勝負するためのラグビーが全く通用しないんじゃないかと思ってばかりだった。それでも立ち向かえたのはやっぱり先輩達のおかげだと思う。楽しくてそれでいて頼もしい先輩とラグビーをやってこれたことが自分にとっての自信になっていた。試合が始まるとただ目の前のワンプレイに全力を尽くそうと必死になっていた。前半に自分のミスからトライを取られたとき試合前の怖さがまたやってきた。押し潰されそうになったとき、皆から励まされてそれが本当に温かかった。自分のミスは自分で取り返そうと思った。それからのことはあんまり覚えていない。自分のミスが何度ピンチに繋がったかも覚えていない。全員でボールをキープし、奪われたなら全員で取り返す。夢中でプレイしていた。もう怖くなかった。それどころか楽しかった。寒くて辛くて痛くて汚くて、それでも全員が凄く輝いていたと思う。こんな経験は一生に何度も経験できるものじゃない。とても幸福な時間だった。新しい俺たちの代は先輩達と同じことは出来ない。だけど、先輩達を越えるくらい強くなってもう一度あんな幸福な時間を味わいたい。そのためにももっと頑張っていつか先輩達にスゲエって言わせたいです。」

 ほっしゃん組。とにかく明るかった。声を出した。EBIの「シコー!」の声とともに練習はハイテンションで始まり、まっつんやあずきの「アーゲアゲー!」の声はいつでもグランドに響き渡った。トキはプレーで引っ張ったかと思うと時折みせるお茶目な仕草は周りを微笑ませ、ぴーは熱い気持ちを迸らせてFWをリードした。イマカズとうみさんは何かの境地に達したようなプレーでここ一番というゲームでは必ずチームを勢いづかせ、グランドサイドでは薫山ときょえんが傷も癒える和やかな空気を作り出した。キャプテンほっしゃんはというと、問答無用のプレーでチームを牽引したかと思えば、練習前後は1年生も思わず固まるほどのアホキャラを演じた(たぶん演じていた…はず…)。

 そして柏陽フェニックスの貴重な文化も作った。「挨拶と返事は目を見て大きくハッキリ」「時間厳守」「整理整頓」「移動はジョグ」など、今まで分かっちゃいたが曖昧で徹底できていなかったことを、夏合宿を機に完璧に根付かせた。OBの皆様のとてつもなく大きな愛情と支援に支えられてではあるが、ケイ組が柏陽フェニックス生みの親なら、ほっしゃん組は育ての親と言っていいかもしれない。柏陽フェニックスを受け継ぎ、育て、見事にステップアップさせたほっしゃん組。上を向いて胸を張り、この10名の仲間との絆を一生の宝物として、人生の次のステージに突き進んで欲しい。桐蔭戦でテーマに掲げたように、これからも「感謝を力に」。・・・そしてやっぱりアゲアゲで!

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