Login larger default smaller

PHOENIX ブログ

ニュージーランド コーチング研修記

Posted Date:2008/08/27(Wed) 16:25rss

818

 日本ラグビー協会の初企画「ニュージーランドコーチング研修」に参加した。関東ブロックの代表(各ブロック2名)が協会からの補助金を受けて、ラグビー王国ニュージーランドで1週間コーチングを学ぶ。もちろん補助金といっても原油高騰に伴う燃油サーチャージで消える程度だが。ラグビーで海外に行くのはこれで4度目。1度目は大学時代に選手としてオーストラリアへ、2度目は警視庁退職後にコーチ資格を取りに再びオーストラリアへ、3度目はクラブ日本代表チーム・タマリバの選手として香港10人制大会に参加した。海外のラグビー文化は体感済み。しかし今回は、何と言ってもラグビー王国ニュージーランドだ。オールブラックス(NZ代表チーム)は国民にとって絶対的存在で、国の政治や経済、教育を大きく左右するほどの存在だ。期待は高まる。

 AM11:00 お気に入りの格安小型旅客機・スターフライヤーで集合地の関西空港へ。たこやきを食べたりマッサージを受けたり、それなりに楽しみながら時間を潰して集合場所へ。各ブロック2名と聞いていたので、関東関西東北九州で8名くらいかなぁと思っていたら予想より随分人数が多い。中国地区や北信越地区という存在を完全に忘れていた。安心したのは、同世代が多かったこと。天理だ茗渓だ常翔(旧・大阪工大高)だと花園で活躍する強豪校の先生もいる。「あのー」と向うから話しかけてきたのは岡山県の先生・黒住。13年前、早稲田大学ラグビー部の新人練に一緒に参加し、2週間でドロップアウトした人物だ。新人練とは、41日から3週間、来る日も来る日も倒れるほど延々と走らされ、それを根性で乗り切った選手だけが入部を許可されるというもの(今はこの制度は消滅)。クロはあと1週間の辛抱というところでリタイヤ。「あ~、思い出した。黒住ね。いたいた。それで大学時代は何やってたの?」なんて昔話をしながら、18:40、関西空港からオークランドに向けて離陸。

 予定時間は11時間後。微妙に長い。さすがはNZ航空。機内での映像番組にもオールブラックスの試合が5試合準備されていた。もちろん内容は、オールブラックスが素晴らしいプレーで逆転勝ちするものばかり。画面では英雄クリスチャン・カレンや怪物ジョナ・ロムーらが、シルバーファーン(お馴染みのシダのマーク)の黒衣をまとい、大暴れしていた。いい加減飽き飽きするお決まりの機内食「チキンorビーフ?」も、飲み物がステイ ンラガー(NZビール)とNZ白ワイン、画面にはオールブラックスとなると、俄然旨味を増す。心地よい時間を過ごしながら、いつの間にか眠りに落ちた。夜中の230、朝食で起こされた。「何でこんな時間に…」と眠い目をこすりつつ、現地時間が530ということに気付くと納得。食欲が出るはずもないが。食後のコーヒーの紙カップまでも、やはりオールブラックス・・・。 

 

 

819

800 オークランド着。それから1時間後、目的地ウェリントンへの国内線乗り継ぎの時間待ちをしていたとき、急にサイレンが鳴り始めた。何の冗談かと思っていたら、本当に空港建物内の全員が外に追い出された。「テロか?」爆破でもされたら、このツアーの貴重な一日が無駄になってしまう。消防やレスキューが出動するも、結局何もなし。1時間ほどの遅れで、国内線に乗って無事ウェリントンへ。バスでコバルトブルーの海沿いを走り、ウェリントンの街へ。予想通り、シドニーやオークランドに似た都会だった。

 

 最初に訪れたのは「オールブラックス本部」。NZラグビー協会のようなものだが、何とも大胆なネーミングだ。オフィスのフロアは人工芝。グランドと同じ全てのラインがペイントされ、デスクの上にぶら下がる案内ボードは楕円型だ。2年前に辰巳のグランドで教えてもらった世界ラグビーの普及指導者・トニーフィリップとの再会を果たて感動(むこうが覚えていたかは、相当怪しいが…)。

    

オールブラックス本部 ブレディスローカップ本物! 26州の代表ジャージ

 次はWestpacスタジアムへ。最上階のVIPスペースで係員のオヤジから説明を受けるも、全員興味は薄。というより長旅の疲れだ。居眠りが続出。テストマッチで使われているロッカールームやバーなどスタジアム内を見学するも、とにかく寒かった。真冬であることは知っていたが「何とかなるだろう」と根拠不明の自信から、関空離陸時と同じ格好で来てしまった。気温差は30℃だ。何ともなるわけないし。ここらへんから体調を崩し始めてしまった…。

 夕方、これから滞在するハット市内のホテルにチェックイン。クロと同じ部屋だ。気兼ねしなくていい。30分ほど一人で近所をランニングし、シャワーを浴びて正装。ウェルカムレセプション会場の「箕面ハウス」へ。ハット市と姉妹都市契約を結んでいる大阪の箕面市が買い取ったらしきお屋敷で懇親会。ハット市長やこれからずっとコーチングをしてくれるウェリントン協会のデビット・ポラック(通称ポリ)や、NZ日本大使館所長・箕谷さんから挨拶があり、NZ食のビュッフェパーティーを楽しんだ。貴婦人風のおばさん(結局、誰だったのだろう??)と粗末な英語を駆使して結構長い時間おしゃべりしたりして、パーティーは1時間ほどであっさり終了。

 20:00 ホテルの隣のバーへ。ツアーに参加している先生方との懇親会。天理の武田監督、常翔の吉田大希(ダイキ)らと、プレー解釈や練習について有意義な話をしてビールを飲んだ。21:00 ホテルの部屋でクロと新人練の話やら東伏見のコンビニの店長、定食屋のおばちゃんの話やら、家族の話など何でもかんでもおしゃべりして消灯。僅か3秒で攻撃力抜群のイビキをかきはじめたクロの横で旅日記を書き、0時に就寝。耳栓大活躍。明日もいい日でありますように。

トニーフィリップと再会。

 

 

820

7:30起床。お決まりのコンチネンタル朝食。そこで発見したのがオセアニアの難敵「ベジマイト」だ。黒いバター様の外見。トーストに塗って食べる。「NZでは子供はベジマイトで育つ。日本でいう納豆のような存在」以前オーストラリアで挑み、潔く撃沈した。新宿のスポーツバーでオーストラリア人と仲良くなった際に「ベジマイト食べたことあるよ」と言うと、大喜びされた記憶がある。小悪魔の囁きでクロを誘導し、朝からヤツをノックアウトした。

8:30 メイリング駅まで15分歩き、電車に乗って昨日のWestpacスタジアムへ。「NZの練習現場に入ってコーチングを勉強するのか、それともプレーヤーとしてコーチングを受けるのか」を尋ねたところ、「ポリたちに任せてある。行ってみないと分からない」とのことだった(結局ツアーはすべて後者だった)。

スタジアム着。昨日まで1週間雨続きだったそうで、グランドコンディションが悪いらしく、室内練習場しか使えないようだ。2011年にNZで開催されるワールドカップで使用されるであろうこのスタジアム。是非ともこのピッチでプレーしたかった。「予約はしていたけど、濡れているので・・・」と言うが、本当かどうかは相当疑問だった。全員がつたない英語で自己紹介。ポリ以外にこのコースをずっと手伝ってくれるマティアキ(U19ウェリントン代表のトンガ人)とジョシュが紹介され、その後はコーチングに関するビデオや資料を用いたレクチャーが行なわれた。次は室内練習場でプレーセッション。ハンドリングやタックルについて1時間半ほど行なったが、すべて知っていることの再確認で終わった。予想はしていたが物足りない。

タックルセッションも終わりに差し掛かった頃、上はジャージ、下はジーンズのおじさんが登場。「スタジアムのスタッフ?ポリの友達?」と思っていたが、突然通訳が「Wahoo!」と絶叫する。驚くのも当然。つい最近までオールブラックスの背番号15をつけていたスーパースター、クリスチャン・カレンだったのだ。カレンに対する質疑応答の時間が設けられたが、その最中に「カレンとパスをしたい!」の個人的願望が。セッションが終了するやいなや、カレンに「俺とパスしてくれ」とお願い。快く応じてもらった。もはや完全にミーハーファンだ。5~6回ほどボールを軽く放る程度のつもりだったが、カレンが次第に距離を伸ばしてくれて、バシバシ音を立てるしっかりしたキャッチボールに。最後はNZで「スパイダータックル」と異名を取るカレンのタックルを半分冗談で見せてくれるということで、11のアタッカーに。カレンからタックルされるという名誉を授かった。繰り返すが、我ながらミーハーだ。だってあのカレンなんだもん。

 

 ウェリントン協会のレセプションルームでランチを食べていたときに、「練習したり四角に入ったりしなければグランドに降りてもいい」という許可が出た。さっそく降りて写真撮影。ボールを扱ってはダメということでやることが早々と尽きたとき、誰からか提案「ゴミを拾おう」。風の街ウェリントンと呼ばれる中心地のスタジアム。観客席からたくさんのゴミが舞い落ちていた。2011年、「このピッチでプレーした」とは言えなくなったが、「このピッチを掃除した」と言えるようになった。まぁそれもよしだ。

 帰りにホテル近くのカンタベリー(元々はNZの州の名前)で買い物。レストランで本場ラム肉のディナーを食べて、今度は歩いてすぐのグランドへ。マティアキの属するU19ウェリントン代表が週末の試合に備えて練習するというので、急遽見学に行くことになった。予想の範囲内でデカくて速い。海外のラグビーは日本より大雑把だが集中力があり激しいというイメージを持っていたが、この練習を見る限りでは、日本のように戦術をそれなりに大事にしており、それほど集中力はない。「なんだ、日本と大差ないなぁ」というのが感想。何しろパワーとスピード、つまり根本的な体格と運動能力が人種的に違うから、日本は太刀打ちできないんだが。

   

朝晩は1℃という寒さに震え、南十字星を指差しながらホテルへ。昨日同様、ホテル隣のバーで相変わらずカロリー満点のフィッシュ&チップとオリジナルビールを囲んでいたところ、ポリが登場。現地人がたくさんいる隣のスポーツバーへ移動することになった。そこから長い長い夜が始まった。机をくっつけて一緒に飲んだNZ酔っ払いたち。810歳対象ラグビーコーチ資格カードを持っているオヤジ、自動車販売会社社員、たぶん嘘だが自称プロゴルファー・グレン(こいつがどうしようもない酔っ払いだ!)。程なく44の国対抗早飲み大会「サムライvsキウィ(NZ人の呼称)」のテストマッチが始まった。10年前にシドニー大学とのアフターファンクションでも同じことをやったのを思い出す。もちろん自分もスタメン参加。サムライJAPANNはダイキの活躍などで優勢だったが、勝つまで「One more time!」を繰り返してやめないのがNZ人。3戦目にキウィが勝つと、あっさり満足してノーサイド。

 

その後も大量にビールを飲み続け(すべてキウィの奢りだ!)、キウィだけが酔い続け、「Next one!」次の店へ誘われた。着いていったのは、富良野高校の田中先生、天理の武田先生、常翔のダイキと自分の4名。後の面子は前のバーの出足が遅れて背中を見失ったらしく、街を徘徊していたらしい。いい加減ぶっこわれているグレンの相手はダイキに任せ、自動車販売会社写真と3人でビリヤードを楽しんだ。

おそらく0時過ぎにホテル着。街を徘徊した後ホテルの部屋で飲んでいた長崎コンビ「出田&向井」に合流。ダイキや茗渓学園の芥川先生(アクタ)らと5人でくだらなすぎる話題で爆笑し。修学旅行でバカ話がつきないような夜を、30歳を過ぎて今さら再現。寝たのは3時だ。

  

 

 

821

7:30 バス乗車。なのに目が覚めたのは7:20。そういえばクロの目覚ましがなり続けていたような気もする。疲れているなぁ。当たり前。レストランでパンとフルーツを鷲掴みして急いで乗車。朝の霜で真っ白な景色、その中に見える羊羊羊。その風景を楽しむこともなく爆睡。9:00 ラグビー博物館というところに到着。NZラグビーに関する記念品などは展示されている。建物やグッズはいいから、もっとラグビーをやらせて欲しいなぁ。

   

一番左はジャンプ記録ボード。大昔のボール、肩パット、ヘッドギアなども展示

 

10:00 ラグビーアカデミー着。かつてオールブラックスが使っていた施設。美しい天然芝グランド4面、アスレチックジム、室内練習場、リカバリールーム(交代浴用湯船)、いくつものミーティングルームなどがあり、そこでコーチングに関するレクチャーの続きを受講した。昼食後は室内練習場でプレーセッション。やはりこの日もグランドは使えなかった。ハンドリングやラインアタックのコーチングでは特に新しい発見もなく、便利なドリル形式を思いつくきっかけになる程度だった。しかし興味を引かれたのはスクラムセッションだ。スクラムルーム(そんなものがあること自体すごい・・・)へ移動して、スクラムについてのコーチング。このスクラムマシーンはボタンやレバーで3本のパットがバラバラに前後上下に、まるで人間と組んで揺さぶられているように動く代物。スキルについても、フッカーのバインド方法について新式(現NZ)と旧式(旧NZかつ現日本)の比較が行なわれ、討議することができ、これは有意義だった。

 

その後に室内練習場に戻り、マティアキから個人的に「外人キック」の指導を受けた。これも有意義。ポリからSHのパスアウトの指導を受けたが、SHのパスは日本の方が、特に早稲田の方が遥かに進んでいる部分なので参考にならず。最後はもう一度参考書を使ってのレクチャーを受けて終了。

バスでホテルへ。この車中が良かった。隣に座ったアクタから茗渓ラグビーについて具体的に色々聞くことができた。こういうことがこのツアーの大きな目標の一つ。だいたいノウハウなんて既に日本に輸入されているので、海外に来ても新たなノウハウを学べることは、実は期待していない。10年前にシドニーのコーチングコースに参加した際も、その内容よりもそこで知り合った仲間から得た知識、帰国後に彼らから得続けた知識の方が貴重だった。柏陽ラインアウト理論を支える帝京大学古田コーチも、柏陽モール理論の生みの親である中京大学中本監督も、そこで知り合ったのがきっかけ。今でも良き仲間だ。日本を代表するフレアラグビー・茗渓学園、小さき鉄の規律集団・天理、そのセオリーや信念、練習方法を聞き出したい。小さな雑草集団が大きな才能集団を倒すためのヒントを得ること。これはこのツアーの中心課題だ。

 ホテルに荷物を置いた後は、微妙な中華レストランで微妙な中華を食べた。その後、クロはじめ他の面子は今日も飲みに出かけたが、何しろ2日前から風邪がひどくなる一方だ。おそらく熱も結構ある。加えて寝不足。この日は一人、ホテルで練ることにした。この観光ムードに流されずに、自分が知りたいことについて貪欲に学びたい。まずは体調回復だな。

 

 

822

 8:00起床。多めに寝た分すっきりしたが、風邪は相変わらずだ。今日もシンプルなコンチネンタル朝食。福井のお笑い芸人・藤原先生にベジマイトを食べさせて終了。

8:30バスで地元のラグビークラブ・ペトーネクラブへ。ゲームコート4面、ジュニアゲームコート3面、練習コート1面の合計8グランドを持つ。そして驚くべきはクラブハウスの充実。アスレチックジム、レストランバー、ミーティングルーム、室内練習場など、昨日のラグビーアカデミーと同レベルの設備が、いちクラブに整っている。ここからは昨年までのオールブラックスキャプテン・ウマンガなど多くのオールブラックスを輩出しているらしい。会費は年間8000円程度と格安。それでこの環境を維持できるのは、スポンサーと国からの大きな収益があるからだ(国はスロットなどギャンブルの収入をスポーツに還元している)。

  

140㌔のダンベル。         1クラブに10以上のチームがある

 いつものようにミーティングルームで講義を受けた。プランニングについてだったが、「5ヶ月ラグビー、7ヶ月OFF」が当たり前の南半球。関心すれど参考にはならない。こっちの方が感覚は健全だと思うけども。その後はこの日も室内練習場でプレーセッション。ディフェンスやブレイクダウン、ラインアウトに関するセッションが、安岡力也似の超恐持てコーチによって行なわれ、内容はすごく良かった。昨日同様、マティアキが個別に「ラインアウトウェッジ」や「コラプシング対策」「ノーモーションパス」について教えてくれ、NZに来て初めて、目から鱗だった。この日のセッションは内容充実で満足。ミーティングルームでコーチングコースの修了証をポリから手渡された。

 

  

 バスでホテルに戻った後、今日はドイツ料理レストランへ。この行き道で目的どおり天理の武田先生をキャッチ。食後に店を出るまでの1時間半、みっちり天理のラグビー理解について話を聞くことができた。「小さき者が生きる道」について、ほぼ同じことを考えていたようだ。とても有意義な時間。

 ショッピングモールで武田先生と買い物をいていたとき、ダイキとマティアキが歩いてきた。聞けば自分と同じ目的、マオリ(NZ先住民)ネックレスを探しているとのこと。そっちに合流して、マティアキの教えてくれた店へ。関西人ダイキが簡単に値切ってくれて、気に入ったネックレスを安く購入。ダイキはNZの国旗デザインのキャミソールなど、大阪人でしか受け入れてくれないであろうセンスの土産も買っていた。

 マティアキが「海を見にいかないか?」と言ってくれたので、マティアキ車で海へ。ウェリントンの街の夜景を海の上へ伸びる埠頭から眺めた。次は「山へ夜景を見にいかないか?」山の上からウェリントンの綺麗な夜景を堪能した。最後は「家でコーヒーでもどうだ?」なんていいヤツだ。素晴らしいホスピタリティー。19歳だけど心から尊敬できる男だ。

 郊外のマティアキ宅に到着。とてもフレンドリーで温かい家族に会い、かつてU23ハリケーンズ(スーパー14のウェリントン地域代表)だった兄とおしゃべりを楽しんだ。マティアキはオールブラックスではなくトンガ代表を夢見ている。両親がトンガ人。マティアキ自身はトンガには行ったこともないが、「お母さんの母国のために戦いたい」と。泣けるほどいい男だ。いつか日本に来てプレーして欲しいなぁ。カニフライとハリケーンズネクタイをもらって、車でホテルまで送ってもらった。早く寝ればいいのに、この日も長崎部屋で修学旅行の夜第2編を過ごし、1:30就寝。

 

 

823

8:00起床。この日は午前にヒル(丘)ランランニング、午後にペトーネクラブの試合観戦が予定されている。9:00バスで15分ほどの丘陵地へ。今から丘ジョギングだ。富士山といい、今年は山登りによく出会う。インストラクター2名が紹介され、さっそくスタート。「年配の先生もいるし、どうせタラタラペースだろうな」と期待していなかったが、インストラクターのおじさんは出だしから、ガンガンペースを上げる。

 スタートから3分で集団は3分割。5分で5分割された。先頭集団は一緒に参加してた明和高校の生徒3名と自分の4名。森林浴に最高の木々、渓流のせせらぎ、マイナスイオンたっぷりの景色を、癒されるも眺めるも全くできないペースで走り続ける。でもこのペースが最高に気持ちいい。「あ、やっと運動しているな」という実感、他のコーチは誰もついて来れないし、明和の生徒も息が切れまくっているのに、自分は全然余裕という優越感。「もっとペースを上げよう!」と提案したいが、インストラクターと2人旅になってしまうだろうから我慢。丘の間を奥へ奥へと走りぬけ、少々のアップダウンを繰り返したら眺めのいい牧草地へ。柵を跳び越え、たくさんの羊の中を走りぬけ、丘の頂上に到達。おそらく1時間10分くらい。景色は最高。遠くにはウェリントンの街や海、近くは羊たちの群れ。これぞNZという素敵な景色を堪能して折り返し。走ってはグループ待ちを繰り返したが、最後は2人旅。インストラクターがラストスパートをかけたが、最後まできっちり着いて行ってゴール。合計3時間程度のヒルランニングは気持ちよく終了した。他のメンバーはゴール後にその場にヘタリこんだいたけど。

 

午後は近くの「ハットオールドボーイズマリストクラブ」へ。現オールブラックスのSH・ウィプーや近鉄で大活躍したラヤシを輩出したクラブ。ここでBBQを楽しんだ。「雰囲気を出すために」とクラブのジャージを着せられたが、どうやらこのあたりで勘違いが起こっていたようだ。ここでBBQを食べて別の場所でペトーネクラブの試合を観戦するつもりだったが、このマリストクラブの代表者は同じ日同じ時間に違う場所で行なわれるハットクラブの試合を応援に来てくれると思っているらしい。勘違いを伝えるとハット代表者は激怒したとか。結局、ハットクラブ代表者の機嫌を盛り戻すために、ペトーネに試合よりも遥かにレベルの低いマリストクラブの試合を観にいくことになってしまった。まぁよくよく考えてみると、BBQ会場にクラブハウスを使っておいて別のクラブの試合を観にいくなんて、こっち計画の方がおかしいよなぁと、潔く諦める。

   

ウィプーの着ていたジャージ  マリストクラブ      近鉄にいたラヤシと

バスで移動し、試合会場着。シニア1(各クラブの2軍)決勝戦とあって、たくさんに観客がグランドを囲む。試合前にハカもあり、それなりにいい雰囲気。ここまできたら(マリストクラブのジャージを全員着せられているわけだし)開き直って応援するべきだろうが、誰しもが全くその気になれない。疲れているのと目当ての試合ではないのと、何よりも目の前の試合のレベルが低すぎるのと。しかもマリストクラブの負け試合だし。結局、グダグダ状態の中、よそ見とおしゃべりで時間を食いつぶし、ノーサイドを迎えるやバスに乗車。さっさと引き上げた。ホテル着後はタクシーでイタリア料理レストランへ。一昨日の中華、昨日のドイツ料理、そしてこのイタリアン、すべて全員強制の団体行動だ。明らかに不要。もっと夕食はフリーにして、街に探索に行かせてもらいたかった。その方がNZを感じられると思うが、何しろ企画者も始めての企画で勝手が分かっていなかった。結局ウェリントン市に隣接するハット市は嫌と言うほど堪能したが、ウェリントン市内を楽しむことは全くできなかった。何しろバー以外は5時になったら一斉に店を閉める国なので。

 

20:30「今日は無駄ばかりの一日だったなぁ」と落胆していたところ、ポリとジョシュがホテルで待っていた。こっちの計画が変更だらけだったので、さぞ迷惑したことだろう。ジョシュが「一旦家に帰って着替えてまた遊び日来る」ということなので、長崎部屋で飲みながら待つことにした。NZでは1時間や2時間遅れは当たり前。すっぽかしも当たり前。半分期待していなかったが、10時ころ、ジョシュは約束どおり(1時間半遅れだが)やってきた。大量のビールと3人の遊び友達を連れて。

そこからはこの日の鬱憤をすべて晴らす大酒宴。NZの合コンゲーム(Tストップ、タイガータイガー、楽器マネ、メガネアップなど)をやっては飲ませ、飲み会ルール(左手ピンキー、肘指し)を破ってはまた飲まされる。飲ませコール「ダウンダウンダウンダウン♪」などがホテルの一室に響き渡り、日本もNZの若者の飲み会は全く同じであることを体感。ジョシュの友達は3人とも遊びなれしたチョイ悪風。タトゥーもガッツリ入っていたが、実は陽気ないい人たちだった。一番の遊び人はジョシュ!場は完全にジョシュが支配。遊びなれたゲームで、友達をも飲ませまくって爆笑していた・・・。0:30の終電まで、飲んで爆笑、飲ませて爆笑、9人でビール瓶60本(ほとんどジョシュたちが持ってきた)を空にし、最後のハットナイトは楽しく締めくくった。

 

 

 

824

8:00起床。オークランドへの移動日。1時間ほどホテル近くでショッピングしたら、マティアキとポリに見送られる中、バスで空港へ。マティアキからはハリケーンズのネクタイをもらっていたので、お返しに早稲田のネクタイをプレゼントした。空港でこれでもかとフィッシュ&チップスを食べさせられ、相変わらず揺れまくる国内線でオークランドへ。

 2年前の新婚旅行の際も、南島クイーンズタウンか らオークランドの国内線で酔い、オークランドの街はフラフラで楽しめなかった記憶があるが、全く同じパターンだ。酔い止めをしっかり飲んでいたのにフラフラ。相当体が弱っているようだ。熱があるのに夜も寝ないで遊び続けたからなぁ。アウトレットでショッピング。魅力的なラグビージャージがたくさんあったが、この国ではSサイズですら話にならないほどデカい。買えるのは子供用かレディースのみ。おかげで他の先生たちより財布の紐が弛まず、荷物も増えなかった。夕食は日本料理レストランン。最後まで夕食は団体行動だった。店員はほとんど日本人。ワーキングホリデー中やそれをきっかけに永住した人たち。そういえば大学のときに、進路の大きな選択肢の一つとしてNZへのワーホリを考えたなぁ。本を買って調べたり、説明会にまで行っていた。実は警視庁の採用試験を落ちていたら、この道を選択した可能性は十分あった。そうなっていたら、どんな人生だったんだろなぁ。今が幸せだから別にいいけど。食後は大型土産品センターで大量に土産を買い、夜の怪しい街へ。ありがちな店をそれなりにフラフラしてみたが、疲れもピークに達してこれ以上遊ぶ気になれず、8人は4人の遊び組と4人の帰る組に分かれた。帰る組は日本ラーメン屋に入って味噌ラーメンを食べたらタクシーでホテルへ。今日も就寝は1:30だ。

  

バスもビルの壁もコーラのボトルも、何もかもがラグビー。

 

 

825

 5:30起床。荷物の重量オーバーの先生が続出し、空港でかなり手こずったが、何とか8:10の便で関西空港に向けて離陸。よくリゾート地で「帰りたくない。現実に戻りたくない。」と思うことはあるが、「帰りたい。早く現実に戻りたい。」と心から思う。もちろん体調不良と疲れもあるが、帰りたくなるほど幸せな環境が待っている。本当に感謝。12時間後に関西空港に無事着陸。同じ時間と思いを共有したグループは解散し、北海道から九州まで、それぞれ日本中に散っていった。

 この8日間、ラグビーの指導者として得た知識は僅かだった。日本には既に海外のコーチングはたくさん輸入されており、それを吸収し続けてきたから。文化においても、過去3回の海外ラグビー体験で知っていたので、新しい感動はなかった。しかし、学んだことは少なくとも、感じたことは多かった。そして何より、たくさんの貴重な体験をさせてもらった。人生において、体験は知識よりも絶対に貴重だ。

 羽田空港から電車を乗り継ぎ、23:00帰宅。長かった旅が終わった。このツアーを支えてくれたすべての人、一緒に参加したすべての仲間に心から感謝。武田先生、またラグビーを教えてくださいね!ダイキ、アクタ、いつかまたラグビー時間を共有しよう!出田さん、向井さん、いつかグランドで会おう!藤原さん、クロ、菅平で勝負しましょう!松木さん、近々よろしく!

1時、久々に自宅布団で就寝。早く柏陽フェニックスの仲間たちに会いたいなぁと思いながら。